受け継がれざる“べき”もの

母は、私達の入園式に…

“赤い割烹着” で、参加したらしい。

《信じられない…》と

――私は思えなかった。

母は、色々と知らないことが多い。

プラス、家族に関しては

“自分の常識が全て” という感覚。

これは、今でも自覚がない。昔から変わってない。

私が16の時、初めて少しだけヒールのある靴を

買ってもらった。

嬉しくて、しょっちゅう履いていた。

母と出掛けた日。

図書館がどこか、静かな屋内だった。

【カーン!カーンッ!】と、私が歩く度

不快な高い音が鳴り響く。

踵のゴムが擦れ、中の金属がむき出しになってる。

外を歩いてる時も煩かったので、

ガムテープを貼って簡単に補修していた。

ヒールと同じ、黒の油性ペンで塗りつぶして。

どうやら、それが剥がれたらしい。

「ヒールのゴムが擦れて…」と母にコソッと言う。

すると…

母『あんたの歩き方が悪いんでしょ』と。

私「いや…踵のゴムがすり減ってるんだって…」

母『いーや。歩き方。』

…話しにならない。

こんなことが、幼少期から何度も。

母曰く、私は小さい頃から “しつこかった” らしい。

「プリント◯日までだからね!」

母の目の前に立って、一週間後が提出期限の

プリントを手に持って、母に言う。

『…うーん』

母の間抜けた返事。

提出の2日前になっても、まだ未記入で

テーブルに置いたまま。

もう、クラスのほとんどが提出している。

「お母さん!これ、今日までにサインしてね」

『…うーん』

「もう皆、出してるから。出してないのは…」

『うるさい!分かったが!!』

…提出していないのは、いつも忘れ物ばかりの子や

宿題をしない、決まった生徒2人と私だけ。

いつも私は焦っていた。

―そして。提出期限当日の朝。

プリントは、未記入でテーブルに置いたまま。

母は朝は寝ている。

ボールペンを探し、ゆっくり丁寧に、自分で書く。

印鑑も急いで探し、ゆっくり…丁寧に…。

乾くまで触っちゃいけないと分からず、

滲んで擦れてしまった。

でも、もう家をでないと間に合わない。

ダッシュで学校へ。

…子供時代は、ずっとこんな感じだった。

小学生の頃の私は、しっかりして真面目。努力家。

そう自負していた。

逆上がりのテストがあると知れば、

当日の朝5時半に起きて近くの公園で一人で練習。

無事、合格。

どの教科もテストは高得点。

なのに…親からのサインが必要なプリントだけは、

いつも期限が守れない。

…すごくすごく、悔しかった。

でも何故か母を責める事はなく、

“母とはこういうもの” そう思っていた。

他の記事でも書いたけど、母には

キャパオーバーな生活だったんだとおもう。

シングルマザーで子供3人、そのうち1人は、

まだ未就学児。仕事もフルタイムで…

そして、恐らく “発達障害傾向あり”。

診断はされていない。仕事も普通にできる。

でも、なんとなく…

子供の視点から見て、そう感じた。

今は、分からない事があればスマホで調べられる。

私もそれで、いつもすごく助かっている。

でも、母の時代は無かった。

だから母の手本は、私の祖母。

…祖母も、今の私から見ると結構…幼い。

【入園式・入学式等=セレモニースーツ】

これ、母も子供の頃に経験しただろうから

分かりそうなものだけど…

何故か、私達の幼稚園の入園式に、

赤い割烹着で行ったらしい。恥ずかしかったと。

キチンとした格好で行くということを

知らなかったらしい。

…ちょっと理解が出来ないけど…

…と思いながらも。

そういえば私も、“これ=こうなります” と

ハッキリと言われなきゃ分からないことが多かった。

「見てたよね…?」

「普通に生きてきたなら経験したことあるはず」

「…なんで分からないの…?」

――あぁ…色々思い出した。

こうやって、私が恥をかいた以上に。

母は辛い経験が…多いのだろう。

初めての出産が、二十歳。まだ子供。

それに加えて、一般常識が無い。

祖母も頼れない……。

そうなると、私は今の母を責められなくなる。

《仕方がなかったんだね》

そう、理解してるつもり。

…と、同時に。

《私は…娘に恥をかかせていないだろうか》

《一般常識を、きちんと教えてあげられてるかな》

そんな不安が出てきた。

過去を振り返り、今を生きる。

そして――私達のような思いを娘にさせまい。

…グッと目を閉じ、深く息をついた。

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